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連載コラム「小石原翁の英国学入門」 -嗜み編-

在英生活を経て、長年、様々なイギリスのブランドに携わってきた小石原翁が、ヴァルカナイズ・ロンドンの名門ブランドを交えながら英国のカルチャーや英国人のライフスタイルをおもしろおかしく紹介していく、コラム「小石原翁の英国学入門」を不定期で連載中。

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第6話「グルーミングの心得」

このコロナ共生時代、ライフスタイルの中で自宅での時間を楽しむことも大切です。電動髭剃りが主流の時代、ゆっくりと髭の手入れに時間を掛けてみることによって得られる心の豊かさがあるのではないでしょうか。

実は最近、グルーミングキットがヴァルカナイズ・ロンドンでも密かな人気になっています。今回、小石原翁には意外と知らないグルーミングの作法や歴史について、イギリスの文化を紐解きながら語っていただきます。

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うーむ。ヒゲを当たらなくなってかれこれ40年になろうという身だが女性下着の原稿をやっつける人もいるのだからやってみましょうか。

ロンドンで、老舗と言われる床屋へ髪を切りに行ったことがある。老舗であるから例によってとりあえず100年くらい経ている店内は、そういったクラシカルな雰囲気が好みであれば心地良いに決まっている。が、満足して店を出たわけではなかった。

決定的にダメなのは刃物だった。彼らの顧客は基本英国人。その英国人たちのブロンドはアジア人の黒髪に比べはるかに細くてふわふわである。そのヤワな髪を切るための刃物では我々アジア系の太くてコシのある毛には全く歯がたたないのだ。具体的にはハサミから毛が逃げてしまい、カット面が斜めになる。これでは形が整う訳が無い。後で聞いたところによればロンドンにも数多い日本人の美容室で切れなくなったハサミは、そのままと研がずに現地の美容師が喜んで買っていくとか。

髪と髭は同じではないが、その差については同じようなものと言えるだろう。そもそも、西洋人にとって髭は、子供には欲しくても与えられない“大人の男の象徴”であり“男性の力強さ”、すなわちセックスアピールを担うものだった。だから肖像画が残るような地位の男たちはみなヒゲを蓄えていた。

“髭の手入れ”とはそれゆえまさにヒゲを手入れするものであって、専用の櫛やブラシ、ハサミ、クリーム、オイル、バームがある。手入れの手間はそれなりで、これなら剃り落としてしまった方が遥かに簡単だが、“髭の手入れ”というのもインティメイト(心地の良い)な“自分の時間”なのではなかろうか。

とはいえ仕事柄、髭を蓄えるわけにはいかない向きもあるだろう。普段は最新のエレクトリックシェーバーで忙しい朝をクリアしていても、自分の時間を楽しむためにシェービングソープをブラシで泡立て、クラシックなストレート・レイザー、すなわちカミソリレザーでゆっくりと髭を当たる、という時間の使い方はいかがだろうか。かつては週に一回日曜日に7本のレイザーを研ぎ、毎日一本ずつ使っていくウイークレイザーと言うものもあった。

こういったルーティンを面倒だという方もおられるだろうから、そんな方にオススメしたいのは「トゥルフィット&ヒル」のシェービングセットだ。これらのシェービングレザーには、取り替えが効くT字レイザーを使用しているので、毎週末に刃を研ぐという手間はなくなり、心地の良い“自分の時間”が手に入る。もちろん、“世界最古の理髪店”と謳われるだけあって、英国王室をはじめとした顧客リストを持つ「トゥルフィット&ヒル」ならクラシカルなシェービングソープやシェービングポットもあるので老舗の雰囲気も味わえる。髭を剃らないことは肌に優しいが、髭を剃れば角質の除去にはなる。男と生まれたことを幸運と思い、週末の朝をゆったりと髭剃りで過ごしてみていただきたい。

「トゥルフィット&ヒル」の関連ページ

第5話「小石原流の身嗜み講座」

デジタル化が進む時代にあえて紙(特に「スマイソン」のフェザー・ウエイト・ペーパーは旧ポンド紙幣にも使われたスマイソンブルーの特別な紙)に筆を入れる、そんな些細なことが心の贅沢に繋がるではないでしょうか。

今回は、小石原翁の考えるステーショナリーにおける“身嗜み”の考え方について伺います。英国王室御用達であり、文字通りファーストクラスのステーショナリーブランドである「スマイソン」を使うことの意味とは。

ニューボンド・ストリートの「スマイソン」がファッションアイテムに手を出した時はびっくりした。当初は本店には置かず、セルフリッジのみでの展開だったように記憶する。詳しくは知らないがオーナーシップに変更などがあったのかもしれない。

ステーショナリーはファッションではない。ステーショナリーは身につけるものではないから、という意味ではない。ファッションは応用であり、応用の前には基本がなくてはならない。これを“身嗜み”という。“身嗜み”を飛ばしてファッションに走ったものの末路は哀れである。特に英国ではこの点で恥をかく機会が多いから注意を要する。

さて、ステーショナリーにおける“身嗜み”とは何か?ファッションにも言えることだが、まずは目立たないこと。手帳や文房具がその存在を主張するなどはあり得ない。ブランドのロゴなどに頼らずクオリティを見分ける目を鍛えていただきたいと考える。とは言ってみても、スマートフォン一つで用が足りる昨今、ステーショナリーは“趣味の”と言われるアイテムになってきているかもしれない。本来無用のものをあえて使えばわざとらしさが目立つのは当然である。ここで重要なのが“身嗜み”の感覚。外出時であれば身につけているものとのバランスや自宅で使う場合は趣味とのバランスが肝要である。

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だが、もっとも大切なのは使う本人が心地よいかどうかである。心地よく使えなければ使いこなせないし、わざとらしさや借り物感が漂う。昔ながらの良いモノを面倒であっても使う喜びをわかっていなくてはいけない。モノに使われている人、というのは悲しい。今時インクの万年筆やペンで、そのために作られた紙(フェザー・ウエイト・ペーパー)に手で文字を書き込む、というのはご自身の趣味であって、これは良い趣味に属すると思う。

かつてニューボンド・ストリート本店の地下にはビスポークの工房があった。一般の顧客には無用の場所だが、こここそが「スマイソン」の真骨頂。私が訪れた時には欧州の某貴族の専用箋の製作中であった。「スマイソン」のお家芸であるダイプリントで印刷されたレターヘッドは、上部中央の家紋にマザー・オブ・パールを薄く薄く研ぎ出してから盛り上がった外枠の中の盾の部分に一枚一枚貼り込んでいく。またそれ以外の部分も各色が面相筆で彩色されていく。おおよそA4サイズ、恐らくは100枚単位で箱に入れられる便箋がこうした手作業で作られる。さらに「スマイソン」では透かしもオリジナルで入れてくれる。ダイアリーや手帳もそうだが、透かしを入れるということは紙を梳く段階からの作業となる。これを知ってしまうと、たとえ日本橋の榛原と言えど、ネットで受け付けている“名入れ”なんぞでは満足できなくなってしまって仕方ないやね。

「英国らしいアンダーステイトメント」

普段はファッションやスタイルとして見落とされそうな財布ではありますが、所有者の人となりをさりげなく表現する重要なアイテム。英国ではアンダーステイトメントの考えから、上流階級のイギリス人は判りやすく派手なモノグラムの財布などを持つことが少ないそうです。前述された“身嗜み”の観点から考える、小石原流の財布の選び方を教えていただきます。

現金を全く持ち歩かなくなる日も近いのだろう。すでに私の財布の中身からも現金は確実に減っている。だからと言って財布が小さく薄くて済むわけでもない。

札入れのことを昔は紙入れなどと呼んだ。古典落語にある『かみいれ』である。元々は文字通りの紙入れのことで、鼻紙など外出時に必要なものを入れたものだ。この辺りは紙幣以外が多く入れられている現代の財布と期せずして同じ状態だ。

私自身、財布を持たない時期、というのがあった。持ち歩く金が少なかった、ということもあるがマネークリップを使っていたからだ。市販のマネークリップに紙幣を挟む場合、小額紙幣にするか結構な額を携帯するかしないとクリップが外れてしまうので私の場合はクレジットカードを芯にすることで対応していた。札の厚さに合わせることができるという点では、知る限りは、エルメスの銀線を撚って作ったものが、自在に曲げることも可能でもっとも素晴らしい。しかも、どこにもブランド名が入っていない。小銭は直にポケットに入れる。大の男が小銭入れに指を突っ込んで硬貨をとり出すなんぞ、みみっちい所作だと思っていた。この考えは今も変わっていないけれど、特に英国に渡ってからは当時の英国のコインの立派さにポケットが負け、しょっちゅう穴を補修することに飽きて、今では、主張が少ない「スマイソン」のマネークリップとコインパースを使おうかと考えている。

財布は所作の小道具であると考える。支払い、と言う行為は誰でもやるけれどこれを様子よくこなせる人は少ない。そのための重要なコンパニオンが財布。コンパニオンであるから主役を張るなどはもっての他。まずは目立たないこと。財布がその存在を主張するなどは下の下と覚えていただきたい。モノをきちんと作れば相応の価格にはなるからそれ以下の価格で買えるものは何かが不足しているはずだ。

どうしても財布を自慢したいのなら自分の銀行から“タダでもらった財布”はいかがだろう。とは言っても「トマト銀行」などでは威張りは効かないかもしれない。私は「Coutts(クーツ)」の小切手帳カバーを財布がわりに使っていた。あまり知られていないが、今はスコットランド銀行グループに入った「クーツ」は女王陛下がプライベートの口座を持つ銀行である。バンクチャージも洒落にならんが、その前に口座を開設すること自体が難しい。小切手というものは使用時に信用を示すカードを提示する必要があったが、「クーツ」の小切手を出してカードの提示を求められたことは一度もない。今では最低預金残高2億円を求められるというこの銀行のロゴが入ったノベルティなら、某Hや某LVの財布も裸足で逃げ出すことだろう。

外身以外に“身嗜み”としてもっとも重要なことがある。持ち歩く現金はできれば新券を用意すること。相手に渡す札が新しいと言うだけで、それを出した人間の格が数段向上するものである。そして、人を待たせている場合は最短で決済できる支払い方法を選ぶこと。最短はなんと言っても現金で、レシートと釣銭を拒否すればなお迅速でスマートだ。チップのない国というのはこうゆう場合に困ってしまうな。

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「スマイソン」の関連ページ

第4話「英国流のお酒の嗜み」

最近は暑い日も多く、夏も近づいてきたということで、今回のテーマはお酒。小石原翁の考える「英国流のお酒の嗜み」について、英国の文化を交えて伺いました
英国の伝統的なウイスキーをはじめ、最近ロンドンで流行中のクラフトビールやクラフトジン、初夏ロンドンに欠かせないピムズに加え、もはやシャンパンを超えたと言われるほどのイングリッシュスパークリングワインなどなど、意外とバラエティー豊かな英国のお酒の数々。上質な日常(おうち時間)に欠かせない、小石原流のお酒の愉しみ方とは?

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英国の典型的な中産階級以上の晩餐は、(今は知らんが)かつてはこうだった:
ダイニングルームの隣の部屋に集まって談笑しながらまずはその日の一杯目。この時の典型はジン&トニック。アイスはせいぜい2カケにライムかレモンを添える。

もちろんこれ以外にウイスキーをあがられる方、やっぱりビールしか飲まない方、季節飲料としてのピムズなど、それぞれ自分の好きなもので会話を楽しむのが一般的だ。長くなってしまうので、このあたりはまた次回にでも。

「ボンベイ・サファイア」が出るまではジンに美味い不味いを言うということは無かったように記憶する。「ゴードンズ」、「ビーフィーター」、「タンカレー」。古い英国人の常識に、“口にするものには無関心を装う”というのがあるから、出されたものには皆、文句を言わずに飲んでいたものだ。

ジン&トニックというが、かつてはゴードンズ&トニックとも言った。「ゴードンズ」はジンの代名詞だったわけです。最近はご多分に漏れず英国でもクラフトジンとやらが大流行りで、お洒落なボトルがずらりと並んでいるが、私はまだ低コストながら品質にばらつきが少ないマルチショットの、しかも基本に厳格なロンドンジンから離れられずにいる。この辺りは若干動脈硬化が来ていると思われる。ところでジントニックは日本語だから、英国で通じない。とは言わないけれど、やめておいて、正しくジン “アンド” トニックと言って欲しい。

つまみと言えるのはポテトクリスプスくらい。クリスプスは日本でいうポテトチップスですが、英国でチップスというと日本でいうフライドポテトを指すので気をつけよう。

その後着席して改めて食前酒からスタート。ここではドライシェリーを選ぶのが当たり前。食中はそれぞれ好みで、料理に合わせたワインを選ぶがこれも関わると長くなるから割愛する。一つ言うならボルドーはクラレット、ブルゴーニュはバーガンディと英語ではいう。英国王室の方々がご愛飲される「ベリー・ブラザーズ & ラッド」などはオススメだ。
そして、食事が終わるとコニャックになるが、その前に、残り少ない赤でチーズかなんかやっていたら無くなってしまった、などという場合にはポートを飲んではいかがだろうか。ポルトガルのオポルトで産するまったり甘い赤ワイン。

スペインのシェリー、フランスのワイン、ポルトガルのポート。これらを作ったのは狭義には英国人ではないけれど、それらの使い方の典型を定着させたのは英国人だった。ただしこのルールは英国以外では通用しないし、英国の食が国際性に侵された現代では、もはや英国においても過去の遺物となったのかもしれない。そういえば、映画「バベットの晩餐会」の劇中でアモンティリャードを飲むが、あれで物語の時代性を表現しているわけです。

小石原翁プロフィール

小石原翁(小石原 耕作)

 

某百貨店の英国駐在員として6年間イギリスに在住。その後、ジャガー・ジャパンの設立準備段階より参加し、1999年までの15年間に渡り広報室長を務める。フォックス・アンブレラ ジャパンの会長を経て、現在はヴァルカナイズ・ロンドンを運営するBLBG株式会社の会長。自他共に認める英国通で、歯に衣着せぬ物言いが特徴のヴァルカナイズ・ロンドンご意見番。